エドワード・バッチ博士とは

バッチフラワーレメディは、英国(えいこく)の医師(いし)であるエドワード・バッチ博士(はかせ)によって開発(かいはつ)された、心(こころ)と体(からだ)のバランスを取り戻す(とりもどす)ための自然(しぜん)療法(りょうほう)です。バッチ博士(はかせ)が作り出し(つくりだし)たレメディは、70年以上(ねんいじょう)もの間(あいだ)、世界中(せかいじゅう)で活用(かつよう)されていて、現在(げんざい)では60ヶ国(かこく)以上(いじょう)の国々(くにぐに)で医師(いし)や獣医(じゅうい)の間(あいだ)で使用(しよう)されています。エドワード・バッチ博士(はかせ)とは、どのような人物(じんぶつ)だったのでしょう。バッチ氏(し)は、子供(こども)の頃(ころ)は体(からだ)が弱く(よわく)、病気(びょうき)がちだったようです。ですがバイタリティーあふれ、いたずら好き(ずき)な面(づら)も持ち合わせ(もちあわせ)て、直感力(ちょっかんりょく)に優れ(すぐれ)た少年(しょうねん)でした。バッチ氏(し)が医学(いがく)に目覚め(めざめ)たのは、16歳(さい)の少年(しょうねん)時代(じだい)です。学校(がっこう)を卒業(そつぎょう)した後(あと)、医学(いがく)の道(みち)に進む(すすむ)ことを考え(かんがえ)ましたが、バッチ氏(し)の家(いえ)は経済的(けいざいてき)に余裕(よゆう)がなく、自分(じぶん)で学費(がくひ)を稼ぐ(かせぐ)ために、父親(ちちおや)が経営(けいえい)する鋳物(いもの)工場(こうじょう)で3年間(ねんかん)働き(はたらき)ました。この3年間(ねんかん)の間(あいだ)にも、バッチ氏(し)は少年(しょうねん)時代(じだい)から変わる(かわる)ことのない自然界(しぜんかい)への興味(きょうみ)を持ち続け(もちつづけ)、昼間(ひるま)は自然(しぜん)の中(なか)での散歩(さんぽ)、夜(よる)に働く(はたらく)という生活(せいかつ)を送っ(おくっ)ていました。また、失業(しつぎょう)や医療費(いりょうひ)の負担(ふたん)を恐れ(おそれ)て、病気(びょうき)になっても休ま(やすま)ずに働き続ける(はたらきつづける)工場(こうじょう)の人達(ひとたち)の現実(げんじつ)を見(み)て、医者(いしゃ)になってこのような人達(ひとたち)を救い(すくい)たい、と強く(つよく)思う(おもう)ようになります。20歳(さい)になったバッチ氏(し)は、バーミンガム大学(だいがく)に入学(にゅうがく)して医学(いがく)を学び始め(まなびはじめ)ます。その後(そのご)、大学(だいがく)からロンドンに移り(うつり)、病院(びょういん)の研究生(けんきゅうせい)となって外科医(げかい)、内科医(ないかい)、医学(いがく)士(し)、理(り)学士(がくし)の学位(がくい)と開業医(かいぎょうい)の免許(めんきょ)を取得(しゅとく)し、28歳(さい)の時(とき)にロンドンに診療所(しんりょうじょ)を設け(もうけ)ます。診療所(しんりょうじょ)で多く(おおく)の患者(かんじゃ)を診る(みる)うちに、同じ(おなじ)治療薬(ちりょうやく)が同じ(おなじ)病気(びょうき)に常に(つねに)効く(きく)とは限ら(かぎら)ず、効き方(ききかた)にも個人差(こじんさ)があることに注目(ちゅうもく)するようになりました。同じ(おなじ)ような性格(せいかく)の人(ひと)には同じ(おなじ)薬(くすり)が効き(きき)、違う(ちがう)性格(せいかく)の人(ひと)では同じ(おなじ)薬(くすり)では効果(こうか)がない場合(ばあい)もあることを知り(しり)ます。その一方で(いっぽうで)、ユニバーシティカレッジ病院(びょういん)の細菌(さいきん)学者(がくしゃ)となったバッチ氏(し)は、免疫学(めんえきがく)を学び(まなび)、ワクチンの開発(かいはつ)をして予想(よそう)を超える(こえる)成果(せいか)をあげて活躍(かつやく)します。薬(くすり)を使わ(つかわ)ないフラワーレメディを開発(かいはつ)したバッチ氏(し)にも、このような薬(くすり)の開発(かいはつ)をしていた時代(じだい)があったのですね。やずや

フラワーレメディ

バッチフラワーレメディは、英国の医師であるエドワード・バッチ博士によって開発された、心と体のバランスを取り戻すための自然療法です。

フラワーレメディ